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2021年4月20日 (火)

もう誰も覚えていないらしい・・・

さっき自転車のスタンドで、右足のくるぶしを殴打したんです。



いったーーーー!!!



めちゃくちゃ痛い!
自転車のスタンド硬い!!!痛い!!!
とっさに「トーニャ・ハーディング殴打事件」が浮かびました。


・・・


浮かんだわいいけど、皆さん覚えているかしら?
と、同僚に話してみました。


「え!?誰?何それ?」


ほらね、、、やっぱり。。。
いつかの冬季オリンピックのアメリカ代表選考で、夫にライバル選手の足を殴打させた事件。
とザックリ説明はしたものの、詳細どんなだっけ?

Wikipediaより
1994年1月6日、リレハンメルオリンピックの選考会となる全米選手権の会場で、練習を終えたナンシー・ケリガンが何者かに襲われる事件が発生した。
俗にいう「ナンシー・ケリガン襲撃事件」である。ケリガンは膝を殴打され怪我を負い全米選手権を欠場、ハーディングはこの大会で優勝を果たした。
事件発生から2週間後、1990年にハーディングと結婚し1991年に離婚した元夫であるジェフ・ギルーリーらが逮捕される。ハーディングにも疑惑の目が向けられ始めた2月1日、元夫がハーディングに不利な証拠と共に司法取引を受け入れた。全米スケート協会とアメリカオリンピック委員会はハーディングをオリンピックチームから追放しようとしたが、彼女は法的措置をほのめかしてそのまま留まった(一時、アメリカ代表は全米選手権2位のミシェル・クワンに決まりかけていた)。


1994年ですって。
27年前だそうです。
そんな前なんだ(;'∀')

って、代表になりたくて夫にライバルの足を殴打させるとか、すさまじいね。。。
で、そういえば殴打されたナンシー・ケリガンさんはどうしたんだろうね???

1994年1月6日、ケリガンはトーニャ・ハーディングの前夫に雇われた人物に襲われてひざを怪我する。
全米選手権を欠場に追い込まれたケリガンの代わりに全米選手権2位のミシェル・クワンが代表に一時選ばれたが、特例でケリガンがオリンピック出場を認められてクワンは補欠になった。
襲撃されてから1ヵ月後のリレハンメルオリンピックで銀メダルを獲得。
リレハンメル五輪後に現役を引退、プロスケーターに転向した。
その4年後、1998年長野オリンピック直前のとあるアメリカのTV番組で、ケリガンとハーディングが久々に対面を果たす。
ハーティングが襲撃事件について「ごめんなさい」と直接謝罪すると、ケリガンは「二度とあんな事件は起こさないで下さい」と受け入れ、事実上の「和解」となった。


えーーー!!!
直接「ごめんなさい」と謝罪した人に、「二度とあんな事件は起こさないでください」と受け入れた!?
なんてステキな人なんでしょう!!!
そういうステキな人格も、トーニャ・ハーディングの妬みの対象になっちゃったのかもねー。
って、この2人をブッキングさせるって、なんかえげつない番組ね。
この直接謝罪がメインイベントなんだろうね。



って、話が壮大になったけど、要するに自転車のスタンドで足を殴打して痛い、って話でした。

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↑こいつのせい!


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